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【一番身近なご先祖様】

≪メールマガジン

皆さん一番身近な先祖を知っていますか?

一番身近な先祖は、私たちの親ですが
皆さんの中には親の親 大じいちゃんとか大おばあちゃんも いらっしゃる方がいると思います。

ご自分の旦那さんや奥さんの親を含めたら

私たちの周りには身近なご先祖様がいてくださいます。

その方  一人一人を思い浮かべてみてください

こんな風に年を とっていきたいな〜とか
あんな風には、なりたくないなぁ〜とか

いろいろ考えることがあるともいます。

私の母は 戦後の貧しい時代に 5人兄弟の長女として生まれましたが
生まれて間もなく 兄弟二人は亡くなりました。

昔は兄弟も多く 幼くして亡くなる子供はたくさんいたようです。

母は学校に行くよりも家の手伝いをすることの方が大事といわれ

親の役に立ち 自分を犠牲にたくさん頑張ってきた人です。

父は、6人兄弟の 5番目で
一番上の兄は、戦争で亡くなったそうです。

父の家は、住み込みで働きに来ていた人がたくさんいるような
大農家だったらしく 5番目に生まれた父は、とてもやんちゃで子供のころの楽しい話やいたずらした話
をたくさん聞かせてくれます。

父は夢があって、自由で 工夫して何でも好きなことして
時代の波に乗って成功もし 失敗は武勇伝として私は父が大好きでした。

母はまじめで、私にたくさんの制限を加え昔は、あまり好きではなかったのですが
今となれば母はとても尊敬する人物で

まじめにコツコツコツコツと貯めて来たお金を、みんなに分け与え

今もなお 睡眠時間も少なく 畑や家事 孫の面倒 親の介護 夫の世話 
高齢者マークを付けてはいるものの 運転もできるから自分でできる事は、なんでもこなし

精神的にも 体力的にも
とても真似できることではなく 神掛かって見えるほど
本当にすごいな〜と感心します。

父は、バブルの崩壊から IT化が進みその時代に乗れず
仕事を少しずつ縮小させるとともに 痴ほうが進み 本人納得できないまま

早めに免許返納し 母に様々な負担をかけ生活をしています。

母は本当に苦労人だなと思います
私には到底できない我慢強い人です。

夫の父も 私の父と同じように 東京で新しい技術を身につけ
新潟で起業しゼロから始めた仕事が絶頂期の時に
若くして病気で亡くなってしまいました。

夫の母は、40代で未亡人になり
私の夫と二人で亡くなった義父の後を継ぎ 頑張ってこられた方です。

私の夫と義母と二人で商売を盛り立て 従業員を使い社長として威厳をもっていました

そんな中で、従業員の一人という形で私は嫁に入り
苦しい時がたくさんあったのですが

あれから30年弱 怖かった義母も歳を取り
最近私に「ありがとう母さん」と言ってくれます。

私が変わったのか 姑が変わったのか お互いが変わったのか分かりませんが
子供たちもそれぞれ独立し、甘い恋愛じだいとか
新婚時代のなかった私たちですが 夫婦二人の時間を犬と過ごしています。

私の親と夫の親それぞれ4人の身近なご先祖様を見ながら

自分の目標を立て それを逆算し今 私がどのように生きたらいいのかを問いています。

お嫁さんを大事にしたい。
お嫁さんと仲良くしたい。
お嫁さんに嫌われたくない。

自分がされて嬉しかった事    
自分がされて嫌だった事

息子たちが、時々 彼女を連れて 遊びに来てくれます。

私は嫁として 義母とはうまくいかなかったけれど  
だからこそいろいろな反省点や目標が実際に体感した 形で記憶に残っています。

教科書では、人間関係についてのいろいろな方法が書いてありますが
覚えても自分で体感しなければ、実用できないと思います。

確実にわかっていることは、どんな人も 年をとるし 必ず死んでいく
どのように年をとり
どのように死んでいきたいか

何を一番大切にし
何を残したいのか

あと1カ月もするとお墓参りがやってきます。
先祖様に手を合わせ 今の自分が何をしていきたいのかを 
考えながら、やはり「いま目の前にいる人大切にする!」
それだけは、心に刻むように大切にしていきたいと思います。

長くなりました。
最後までお読みいただきありがとうございました。

大切な人を大切にできない そんな悩みをもっている方がいらっしゃったらぜひ私と出会ってください。

2019.7.21 弥彦でBBQをします。 一緒にたのしみませんか?

カウンセリングルーム雅流望(ミナミ)